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僕たちの進んだ道 冬 2

職員会議の席で、僕のことが話題となっていた。
今年の3年生に、とんでもない学力の生徒がいる。
もしかしたら創立以来の快挙になるかもしれない。
当時、僕が受けた大手予備校の模試で,科目によっては偏差値80over
県で2番の成績だったと記憶している。
予備校から学校へ事情聴取の連絡が入っていたほどだった。
それには理由があった。
僕たちの通っていた高校の卒業後の進路は、
家業の農家を引き継いだり、漁業に携わる者も多かった。
田舎の・・学力的には県でも真ん中より下。
大学受験。ましてや有名大学に進学とは無縁の学校だったからだ。
進学校ではないあの高校の生徒がなぜこんな学力があるのか・・
そんなところだろう。

当時の早稲田大学の僕が受験する学部は
たいへんな倍率で、日本で最も偏差値の高い入試だと言われていた。
その証拠に、県でトップの学力があっても、ボーダーライン。
上には上がたくさんいるのはよくわかっていた。

こうして振り返ってみる作業は、ああ、そういえばそうだったと思い出すこともあれば、
記憶が曖昧で忘れてしまったことも多く、
妻の記憶と照らし合わせて確認する作業は、記憶の訂正と確認。
そして新たな発見も合わせて、それはそれで楽しめている。

その中でも鮮明に覚えているのが、受験前日、会場の下見をしたこと。
国分寺のビジネスホテルに泊まったこと。
なぜ国分寺?
それは僕の記憶と推測の域だが、
進路指導の先生が手配してくれたのではないかと思っている。
そして今も記憶していることとして、
泊まったホテルのユニットバスの使い方がよく分からず、
シャワーカーテンを閉じないままシャワーを浴びたものだから、
バスマットがずぶ濡れになりってしまったこと。
僕はこのとき、ユニットバス初体験だった。
そんなどうでもいいことをよく覚えていたりする。

僕たちは開拓者だった。

開拓者といえば、僕のサポートチームの先生方もいっしょだった。
昼夜も問わずサポートしてくれていた。
今では考えられないことだが、僕のために他の学校の教員まで派遣してくれていた。

校長室に僕たちは呼ばれた。

もし合格したら、100年に一度の快挙だ。
入学式に新入生と保護者の前で挨拶をしてほしい。
そんな依頼だった。
僕たちは学校の未来と期待を背負ってるんだと感じた。



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コメント

快挙

私も田舎育ちで、同級生が早稲田へ入学した時には凄い騒でした^^
まるで田舎の公立高校が甲子園出場を決めたみたいに!
だから何となく、ken&はなさんがどんな風に騒がれたかわかります^^
凄かったのですね ♫

IEMON さん

はい。地元の新聞に載りましたから・・
誰もが知ってました。
自宅の電話が鳴り止まみませんでした

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ken&はな

Author:ken&はな
はじめまして
1962年生まれ。現在55歳の仲良し同級生夫婦です

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