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本当にこれでよかったのか。


この時期になると、本当にこれで良かったのかと思うことがある。
僕は地元の国立大学に、入学試験の願書を出していた。
当時は共通一次試験というものがあって、
この試験を受けた後、各大学の二次試験を受験するというシステムであった。
すでに早稲田に合格していた僕は、願書を出していた岡山大学の試験を辞退するつもりだった。
なぜ辞退するのかというと、たとえ合格しても早稲田に行くつもりだったからだ。
入学しない大学の試験を受けても仕方がない。
これが僕の結論だった。


過去の日記にも書いたが、僕が卒業した高校は、県内でも中の下ほどのレベルで
大学受験とは無縁の学校だった。
まして岡山大学に進学する者など、過去にもほとんどいなかったと思う。

二次試験を辞退する。それは先生方が許さなかった。
「地元の国立大学に合格したという実績がほしい。」と、
そんな説得やお願いもあって、今までの恩返しのつもりで受験することになった。

僕の心には葛藤があった。
受験すれば合格してしまう。
それによって、岡大へ入学したいと猛勉強をしていた人が1人、不合格になってしまう。
それなら最初から辞退するべきだ。

二次試験日の朝、僕は岡山大学の試験会場にいた。
担任の先生が門のところで待っていた。
先生とどんな会話をしたのかは覚えていない。
僕は試験を受けた。そして合格した。
一応、お世話になった先生方の期待には応えたカタチになったが、
自分の知らない誰かが、僕のせいで不合格になっていた。
その人の人生を大きく左右させてしまった。
本当にこれでよかったのだろうか、今でも思う。




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コメント

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若きkenさんの悩み

この時期になると青春時代の出来事がふつふつと湧いてきますね。
お世話になった高校、先生への義理立て・・・、悩みますね。
若きウェルテルの悩みならぬ、若きkenさんの悩みでしたね。
当時、「補欠合格制度」は無かったですか。大学受験は大抵掛け持ちしますから、他の大学へ流れることを想定して、大学側は補欠合格者を確保していないかな。そうすれば、kenさんが早稲田に行っても、次点の受験者が繰り上げ合格、入学していないのかな。まっ、想像ですけど。

No title

あきおさん
私立ではよく聞きますね。当時は無かったです。
他の国立大はわかりませんが…。

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入試のシーズンになると、自分が受験した当時をやはり思い出しますよね。
自分も当時の担任に義理立てして全く行く気のない学部の推薦を無理矢理受けさせられ、合格したにも関わらず結局行かずに蹴ってしまい、学校の推薦枠取り消しになるという前代未聞の大事件を起こしてしまいました…。
後輩やそこへ行きたかった人には大変申し訳ない事をしてしまった訳ですが、自分の意志は曲げられなかったので、その選択があったからこそ今の自分があると思っています。

No title

Dr.K さん
その先生は推薦制度を理解していなかったのでしょうか。
僕の高校は進学校ではない県立の高校でしたので、
そう言った推薦の話は無かったように思います。

しかし自力で道を切り開いたのは素晴らしい!

そんなことが。。。

そうでしたか
確かに、合格したことで、一人不合格になったことは事実ですね。
そして、先生方には、国立大学に合格した教え子がいるって実績も。

私は、入学試験と言うものは、高校入試のみ。
でも、自分が行きたいとう高校ではなかった。

今思えば、行きたかった高校に行ってれば、良かったな~と後悔をしている。

きっと、今の人生とは違った道をあるいていただろうと思う。


No title

レインさん
もし、別の道を歩んでいたら…と、想像すると
今はどんな風になっているでしょうね。

その先生は非常に変わった先生で、自分とはあまり折り合いが良くなかったのを記憶しています。
希望しないものを無理矢理勧められ、それを推し進められても当時の自分には嫌なものは嫌でした。
そんな自分が今の仕事をしているなんて、その当時の先生は予想もしていなかったと思います。
しかし、それで希望が叶わなくなった人がいることも事実なので、本当にそれで良かったのかは今でも自問自答するところです。
それ故に、希望が叶わなかった人の分まで少しでも社会に貢献出来るように今の仕事を頑張っています。
kenさんのように立派な人になれれば良いよですが、なかなか難しいです。

No title

Dr.Kさん
しかし、その時から自分の将来を見据えていたんですね。僕には想像も出来ませんよ。
僕が学んだ大学の四年間で、自分の専門分野など、まったく興味がありませんでした。
自分が何なのかもわかっていないのに、限られた範囲の勉強に押し込めるのは、それだけで十分に苦痛でした。
それに今の仕事をやりたいかというと、
やりたくないと答えると、誤解を招くかもしれないが、たとえどんな仕事をしようと、僕自身は仕事を通して自分を広げ、成長させていくことができないだろうと思っています。
こんなあやふやな状態であるから、仕事に対して生きがい、やりがいがあると感じている人を羨ましく思うのです。

自分の事を見据えていたかどうかは分かりませんが、自分が何者か分からず将来的に何をしたら良いのか考えていた時期と言えば、自分の場合は中学生~高校生の頃にかけてでした。モラトリアムの時期を迎えていたというか、自分がしたいことも出来ず、学校の中に押し込められて、与えられた義務教育やその後の進学のための勉強に色々と意味もなく疑問を持ったりしていました。本当に自分がやりたいことは何なのかを自問自答していた時期ですね。
その後に今の進路へ進んだ訳ですが、今から思えば国家試験を受けるまでに6年間、初期研修医は2年間、後期研修はさらに数年間、そして大学院で博士号をとるのには4年間もの時間を費やさねばならず、さらに専門医資格となればプラスアルファの時間と試験を要して、さらにそれを維持するための資格更新のハードルをその後も越え続けないといけなくなっている今の現状が本当にやりたかった事なのかどうかは、やはりこれも疑問です。
常に疑問を抱えつつも、次のステップを越えたり、今の仕事をこなして行かなければならないのはkenさんと同じような気がします。
やりがいの有り無しで言えば、やりがいはたぶんある職業の部類に入るのですけれど、継続するにはそれ相応の努力が必要なのが事実なのと、努力を重ねてもなかなか評価されない仕事でもありますよ。
この仕事を通して自分の見聞が広まって、自分が成長出来ているかと聞かれると、これもまた疑問に思ってしまうのもkenさんと同じです。
知識を得て学べば学ぶ程、自分の未熟さを痛感します。

No title

Dr.K さん
読んでいても、気が遠くなるような時間と努力が必要なのがわかります。
それだけ今の姿に価値があるということですね。
特にコロナ禍では、なおさらです。
世界じゅうの人びとの希望を背負っているのです。

あと数年の辛抱ですが…。
まだまだ長期化しますから、
適当に息抜きしながらやってほしいと思います。
医者も人間ですからね。
オン、オフのメリハリをつけながら、
オフタイムはゆっくり休んでください!

昔、ビクター エミール フランケルという、オーストリアの医師が書いた本を読んだことがあります。
「医師と心」という本です。
先日、ものごいの若者の前を通り過ぎることができなかったのは、この本の影響です。
きわめて僕の人生に影響を与えている本なのに、
なぜか日本では出版されていません。
英文のみです。
彼の代表作「夜と霧」は日本語にも訳されているので、
機会があればと(^^)


確か有名な脳神経外科医であり、精神科医でもあった方ですよね。
晩年はウィーンにいたような。
医師と心は確かに日本語版はないので、原文を読んでみようかと思います。
人生の先輩であるkenさんからのオススメは要チェックですね♪

びっくり!

私ではないのですが。
20年ほど前に亡くなった私の兄がまったく同じ体験をしています。
早稲田大学に合格したのち、岡山大学を受験して合格して、早稲田に。
同じように高校の先生に頼まれて、渋々受験をしていましたね。
兄は1957年の早生まれで6年まで通っていたので、kenさんとはすれ違いですかね。
私も兄の卒業式に一緒に出たのを思い出します。

No title

Dr.K さん
良い本との出会い。
それはその後の人生において、いかに影響を与え、豊かにするのか。
ということを教えてくれた本です。

No title

正一郎&あや さん
はじめまして。僕もビックリです。
僕はろくに学校へは行っていない学生でしたが、
確実にキャンパスの何処かで・・
(学部にもよりますが) 僕はアホゥ学部です。
しかも岡大受験まで同じとは・・。
なんとまあ、ヽ〔゚Д゚〕丿スゴイ
でも20年前に亡くなられたとは・・
まだお若いのに。



No title

はじめまして。
僕は地元の山形大学に受かったけど、蹴ってしまいました。ド田舎の大学なので。
けんさんと同じ、その前に青学に合格しました。
僕も同じこと思いましたね。
義理立てして国立大を受けたんで、
罪悪感バリバリありました。
因みに早稲田は落ちました。

誰かが

誰かが補欠合格するので結果的には同じだと思いますよ。私は私学辞退して国立行ったくちですが。

またもや、びっくり

kenさま

 学部まで一緒ですね。
 さらにびっくり。
 私がついて行った卒業式には、当時、福岡国際マラソンで優勝して有名だった瀬古利彦と、東京6大学リーグでホームラン王だった岡田彰布が出席していた記憶があります。
 兄とは、式の後、キッチン南海でカツカレーを食べたのを覚えています。以来、たまにキッチン南海に足が向きます。
 

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プロフィール

ken&はな

Author:ken&はな
はじめまして
1962年生まれ。現在57歳の仲良し同級生夫婦です

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